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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)144号 判決

原告

白井浅雄

右訴訟代理人弁理士

鈴木正次

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四十七年九月七日同庁昭和四一年審判第一、一七三号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一、原告先代Hは名称を「漬物用母料」とする発明につき、昭和三十七年六月十一日特許出願し、昭和四十一年一月八日拒絶査定を受けたので、その出願代理人であつた弁理士Sにおいて同年二月二十五日審判の請求(同年審判第一一七三号事件)をしたところ、特許庁は昭和四十七年九月七日右審判の請求は成り立たない旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年十二月三日Hの審判請求代理人弁理士Sに送達された。なお、Hは昭和三十八年四月二十七日死亡したが、昭和四十八年一月十六日その相続人間に遺産分割の協議が成立した結果、原告は右発明につき特許を受ける権利を承継し、同年十二月七日特許法第二十二条の規定に基づく審判手続受継許可の決定を得た。

(発明の要旨)

二、本願発明の要旨は次のとおりである。

乳酸菌、ブルガリヤ桿菌、放線菌属、豆科根りゆう菌及び単生窒素固定菌などの様な酢酸菌及び酪酸菌などの繁殖を阻止し得る土壌より分離した菌を含有することを特徴とする漬物用母料。

(審決の理由の要点)

三、そして、右審決は次のように要約される理由を示している。

本願発明の要旨は前項のとおりであつて、その発明にかかる漬物用母料はサイレージの製造に当たり人為的にさらに生草に添加使用されるものであるが、もともとサイレージは自然付着した乳酸菌の作用により作られるものであり、昭和三十年朝倉書店発行、佐々木編「飼料綜典」第三百十七頁ないし第三百二十三頁(以下、「引用例」という。)には良質のサイレージを得るには乳酸発酵を強く行わせればよい旨が示されているので、乳酸発酵にあずかる乳酸菌を母料に含有させることは母料の使用目的からみて容易に考えつく程度のことであり、この場合、引用例第三百二十三頁上段に「酪酸等を多く含むサイレージが良質のものでない」ことが示されている以上、有害な酪酸等が含有されることを回避し、また、酪酸を生産する酪酸菌等の繁殖を阻止しうるような菌を母料に含有させることは容易に想到しうるところである。そして、母料に含ませる菌として本願発明のように「土壌より分離した」ものを用いる点に格別の意義を見出すことはできず、ほかに本願発明にかかる漬物用母料が格別顕著な効果を奏するものということもできない。したがつて、本願発明は引用例の記載に基づき当業技術者が容易に発明をすることができる程度のものというべく、特許法第二十九条第二項の規定により特許を受けることができない。

〈後略〉

理由

一前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立、その謄本送達にいたる特許庁における手続並びに発明の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、右審決につき原告主張の取消事由の有無について判断する。

前に掲出した本願発明の要旨は、成立に争いのない甲第四号証(本願発明の全文補正明細書)中、その特許請求の範囲に記載されたとおり、サイレージの製造に用いる漬物用母料に関するものであつて、これに使用される菌としては、土壌より分離された菌で、酢酸菌及び酪酸菌などの繁殖を阻止する性質を有する、例えば乳酸菌などのようなものであることを要する旨を規定し、その菌が乳酸菌その他例示の菌よりなる混合菌に限られるものか、そのうち一種類の単一菌でも妨げないかについては、必ずしも明確ではないが、文理からすれば、土壌より分離した右のような性質の菌であれば、混合菌であろうと単一又は複数種類の菌であろうとを問わないものと解釈するのが相当である。もつとも、右明細書(甲第四号証)中、発明の詳細な説明には「本願発明において用いる土壌より分離した菌とは……(註―乳酸菌を含む若干の菌)……などの混合物」である旨の記載があるが、右明細書には、家畜飼料はサイロにおいて乳酸菌の繁殖が旺盛になるとともに酢酸菌及び酪酸菌も繁殖して家畜を斃死させることとなるから、本願発明は土壌より分離した菌を培養して使用することによつて、酢酸菌及び酪酸菌等の繁殖とこれに伴う家畜の斃死とを防止するものであるとの記載があるだけで、混合菌の使用こそ右のような技術的目的を達成する必須の要件であることの具体的記載並びにその根拠を具体的に示す記載はついに窺われないから、本願発明における母料に使用される菌をもつて複数種類の菌の「混合物」であるとする前記のような記載は右明細書のその他の記載内容と対照しても、本願発明の可能な実施例を示したにすぎないものと解すべく、これをもつて、本願発明の要旨に関する前記の解釈を覆す根拠とはなし難い。

なお、原告は母料製造上、土壌より分離した菌から特定の菌を単独に取出す手段を用いることの記載がない点を拠りどころに右解釈に反論し、本願発明の実施上多くの場合、さような手段は用いられないであろうことが推量されるが、それだけでは原告反論の根拠とするに足りない。そのほか、本願発明の要旨について前記解釈を動かすべき資料はない。

してみると、本件審決が本願発明においては母料の製造に使用される菌としては混合菌に限定されることなく、そのうち、いずれか一種類の単独菌も包含されると解釈したことに誤りはない。なお、原告は右審決が本願発明の混合菌使用による顕著な作用効果を看過したと主張して、その作用効果として数点を挙げるが、本願発明がサイレージ製造の母料に使用する菌を混合菌に限定しているといえないことはさきに説示したとおりであるから、その実施例として混合菌を使用することによる作用効果を誇示するのは全く無意味である。

したがつて、右審決に原告主張の取消事由があるということはできない。

三よつて、その違法を理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 秋吉稔弘)

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